●地球は「地獄の星」です。
 そのため、戦争、犯罪、ケンカ、病気や事故、種々の差別、原発、自然災害など、
 さまざまな問題(苦しみ)が満ちあふれています。

●日本航空123便墜落事件、米国の日本支配、安倍政権の戦争法案強行採決など、
 いずれも、地球が「地獄の星」だから生じます。

●やがて、これらの問題がまったく存在しない、「天国の星」に生まれ変わります。
●そのためにこそ、「21世紀」が存在します。
●「宇宙文明時代」とは、「天国の星」の時代を指します。

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岩手県の高齢者施設「楽ん楽ん」9名溺死(台風10号)は非常に奇妙。常務理事・所長ともに「ウソをついている」可能性が濃厚(1)2016年10月06日

[カテゴリ: 社会問題>その他]

台風10号により、岩手県の小本川(おもとがわ)が氾濫(はんらん)し、川沿いの高齢者施設「楽ん楽ん(らんらん)」で、入所者9名全員が溺死する惨事が、平成28年(2016年)8月30日から31日にかけて起きました。

誰もが記憶に新しいと思います。

ところが、新聞記事を見ると、「あまりにも不自然」と言わざるを得ません。
この施設の、常務理事および職員(所長)の言動が、「非常に不自然」です。

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「推定に基づく結論」を先に述べます。

(推定の結論1)
入所者と一緒に、同じ建物で洪水に出合い、同じように水につかりながら、1人だけ助かった所長は、この時、「最初から不在で、この場に存在しなかった」と思えてならない。
それを隠すために、所長は、「ウソ発言」をしていると思えてならない。

(推定の結論2)

「所長の不在」を隠すために、常務理事も「ウソ発言」をしていると思えてならない。

(推定の結論3)

もし、所長が不在だったならば、人件費節減のために、「夜間は職員が常に一人もいなかった」可能性がある。
または、人手不足で、「夜間は職員を一人も配置できなかった」可能性がある。

(推定の結論4)
東京新聞の報道は、これらの不自然さをまったく指摘していない。
東京新聞に限らず、マスコミ全体に、「日本政府の圧力」が、かかった可能性がある。
もしそうならば、これは政府レベルによる「やらせ殺人」の可能性がある。

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最終的な結論を、第11回目、および、第12回目の記事に掲示しました。

最終的な「結論」は、全部で8項目です。

第11回目は、「結論1~5」を掲示しました。
第12回目は、「結論1~8」を掲示しました。

<この項追記 H29 / 2017-4-14>
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以下、東京新聞の記事と、記事内の説明図や写真を、複数引用しながら、この不自然さを探求します。

※ 引用の出典はすべて「東京新聞の記事」なので、その明示は省略し、以下、掲載された記事の「日付」だけを、出典に明示します。

※ 引用文は、読みやすくするため、原文にはない改行を多数加えています。


(引用A)「9月2日・朝刊」を引用します。

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天候が急変し、佐藤常務理事が町役場を訪れたのは午後五時ごろ。

平屋のホームにいる九人を隣の三階建て高齢者施設に避難させることを確認。

帰った時点で敷地は冠水し始めていた。

午後六時ごろに戻ると、水が胸の辺りまで達し、九人を助け出すことは不可能な状態に。

携帯電話が通じず、通報もできなかった。
---------------------------------------------------------------------------------
(引用A、以上)


(引用B)「同じ9月2日・朝刊」で、別の記事を引用します。
---------------------------------------------------------------------------------
佐藤常務理事は午後五時ごろ、避難について相談しようと町役場を訪問。

五時半ごろ、ホーム周辺に戻ると、道路の冠水が始まった。

施設の車を高台に移動させ、ホーム周辺に戻った六時ごろには、水が胸の高さまで上昇していた。
---------------------------------------------------------------------------------
(引用B、以上)


「引用A、B」を見ると、「不自然さ、だらけ」です。


(不自然1)
「引用B」において、「避難について相談しようと町役場」をいちいち訪問する必要は、ないはずです。
施設の運営者として、みずからいくらでも「避難する、しない」を検討・決断できます。

「引用A」で、「天候が急変し」とあります。
それなら、なおさら一刻の猶予(ゆうよ)もありません。
もし、どうしても相談したいならば、車で「のんびり出かける」のではなく、「電話で、急いで用件を伝える」のが当然です。


(不自然2)
「引用A」では、「午後5時頃、避難を決定」しています。
それなら、その場で、直ちに所長に電話し、「今すぐ、入所者全員を避難させろ」と指示するのが当然です。
しかし、この記事を見る限り、理事が、それを行った形跡はまったくありません。

もし、「推定の結論1」の通り、所長が、最初から不在だったならば、電話のかけようがなく、理事が電話をかけないのは「当然」と言えます。


(不自然3)
「引用B」を見ると、午後5時半ごろ、施設の近くまで戻ると、道路が冠水しており、車を高台に移動(避難)させ、それから、再び午後6時ころに施設の近くに戻っています。

午後6時ころ、おそらく徒歩で、施設に戻ったものと思います。

これが、もし事実ならば、「すさまじい出来事」です。

「入所者9名の命(いのち)」よりも、施設の車「1台」の方が大事だと、理事が、「本気で考えていた」ことになります。

これが、もし事実ならば、理事は「精神に異常をきたしている人物」、あるいは「入所者全員に対して『殺意を抱いている』人物」ということになります。

いくら何でも、そんなことが、あるはずありません。

したがって、理事は、「何らかの真相を隠すために、意図的に、このような、ひどいウソをついている」としか、解釈できません。

言うまでもなく、本来ならば、車を高台に避難させるより、最優先で、入所者を避難させるのが当然です。
午後5時頃に、「避難を決定している」のですから。
もし可能ならば、この車を、入所者の避難用に使おうとするのが当然です。

入所者の避難を後回しにして、車の避難を最優先するのは、あまりにも「むちゃくちゃ」です。
あり得ません。


(不自然4)

「引用A」で、「携帯電話が通じず、通報もできなかった」とあります。

これは、あまりにも「わざとらしい」話です。

携帯電話は、「固定電話」ではありません。
理事が高台に避難させた車に、急いで戻り、この車を走らせ、電話の通じる場所を探せば、いくらでも通じます。

施設が、すでに水没して、「助けに行かれない」わけです。
換言すれば、「もう何もすることがない」状態です。

それならば、携帯電話が通じる場所を求めて、「ひたすら探し回る時間」は、いくらでもあるはずです。

「携帯電話が通じず、通報できなかった」のは、「ウソ発言」以外の何物でもありません。


(引用C)「9月3日・朝刊」を引用します。

---------------------------------------------------------------------------------
ホームで唯一助かった佐々木千代子所長の証言を二日、運営法人の佐藤弘明常務理事が報道陣に語った。

「玄関まで水が上がってきたみたい」。

八月三十日午後六時十分ごろ、佐々木所長は女性入所者の話で異常に気付いた。

水が入らないよう玄関をふさぎ、隣接する高齢者施設に内線電話をかけたが回線は不通だった。

「これは危険だ」。

入所者九人を少しでも高い所に上げようと、それぞれの個室のベッドに誘導。

携帯電話の電波は圏外で、じわりじわりと床から浸水してくるが、平屋のため逃げ場もない。
---------------------------------------------------------------------------------
(引用C、以上)


(不自然5)
「引用A、C」を合せてみると、理事が、町役場で避難を決定してから、午後6時10分頃まで、「理事は、所長に電話を入れていない」と、はっきり分かります。

「不自然2」で指摘したように、理事の行動は、「あまりにも不自然」です。

一方、所長の行動も「不自然」です。

町役場まで、「避難に関して相談のため」理事が出向きながら、理事から「避難するか、しないか」の電話連絡がいつまでも来なければ、所長の方から、理事に問い合わせの電話をかけるのが、当然です。

もたもたしていたら、「避難が間に合わなくなる」危険性があるからです。

ところが、所長も、まったく電話をかけていません。
明らかに「不自然」です。

所長が、この時、「初めから存在しなかった」可能性が、十分考えられます。

「引用C」に、「携帯電話の電波は圏外」とあります。
ということは、台風による「洪水のため、携帯電話が通じなくなった」のではなく、「もともと携帯電話が使えない場所だった」ことになります。

しかし、「引用A」を見ると、あたかも洪水により、通話不能になったかのような印象を受けます。
なおさら、理事は「ウソ」をついているとしか、思えません。


(不自然6)
「引用A、B」を見ると、理事は避難の必要性を感じて、町役場に出向いたと解釈できます。

もし、そうであれば、それに応じて、所長も行動するのが当然です。
町役場に行った理事から、「避難する」との電話連絡を受けたら、直ちに避難を開始できるように、準備しておくのが当然です。

ところが、「引用C」を見る限りでは、そのような形跡が、まったくありません。

午後6時10分ごろ、入所者から、「玄関に浸水」と教えてもらうまで、所長は、「まったく何の準備もしていなかった」と、解釈せざるを得ません。

「台風が押し寄せてきている」にもかかわらず。
すぐ目の前に、「川がある」にもかかわらず。
川の様子も、施設内の敷地の様子も、まったく目を向けようとしていません。

理事が、避難の必要性を感じて、町役場に「わざわざ出向いている」のです。
にもかかわらず、部下である所長が、それを「完全に無視するかのよう」に、入所者に教えられて、初めて、騒ぎ出したわけです。
あまりにも「不自然」です。

これも、所長が、「初めから不在だった」可能性を指し示しています。


(不自然7)

「引用C」で、「隣接する高齢者施設に内線電話をかけたが回線は不通だった」とあります。

一見、電話連絡できなかったので、「この施設に避難できなかった」ように、見えます。

しかし、それは「まったく無意味」です。

下記の、「引用D」を見て下さい。

(引用D)「9月1日・朝刊」を引用します。
---------------------------------------------------------------------------------
非常時には、緑川会が運営し隣接する三階建ての高齢者施設「ふれんどりー岩泉」に移動する決まりになっていたが、避難マニュアルはなく、この高齢者施設も二階まで浸水した。
---------------------------------------------------------------------------------
(引用D、以上)

※ 緑川会(りょくせんかい)。

「引用D」を見ると、「避難マニュアルこそないが、非常時には、隣接する『ふれんどりー岩泉』に移動する決まりになっていた」のが明らかです。

この決まりにしたがえば、「避難マニュアルがあろうがなかろうが、内線電話が不通であろうが、そんなことを気にすることなく、入所者を、この隣接する施設に避難させて、いっこうに差し支えない」と、誰でも容易に理解できます。

所長に、それが分からないはずがありません。

にもかかわらず、あたかも「避難マニュアルがなく、電話が不通だった」ために、この隣接する施設に入所者を避難させることが「不可能であった」かのような証言をしています。

あまりにも「不自然」です。

もし、所長が、「初めから不在だった」ならば、どのような状況であるかに関わらず、入所者を「ふれんどりー岩泉」に避難させるのが「不可能だったのは当然」です。


(不自然8)
「引用C」で、「入所者九人を少しでも高い所に上げようと、それぞれの個室のベッドに誘導」とあります。

一方、以下の記述もあります。
(記述a)「玄関まで水が上がってきたみたい」
(記述b)「じわりじわりと床から浸水してくるが、平屋のため逃げ場もない」

(記述a、b)を見ると、水が一気に大量に流れ込んできたのではなく、比較的少量の水が、少しずつ流れ込んできたと解釈できます。

したがって、この時点で、入所者を避難させる方向は、「楽ん楽ん」の建物内ではなく、隣接する「ふれんどりー岩泉」の建物に向かって避難を試みるのが当然です。

(記述b)を見ると、「平屋のため逃げ場もない」と、所長は、はっきり認識しています。

「逃げ場がない」と分かっている場所へ、ことさら避難させるのは、「殺人行為」以外の何物でもありません。

所長の行動は、あまりにも「不自然」です。

「引用C」のどこを見ても、「『ふれんどりー岩泉』に向かって避難しようとしたが、水かさが高くて、そちらの方向には、とても行かれなかった」とは、一言も述べていません。

所長は、「ウソをついている」としか思えません。

これも、所長が、「初めから不在だった可能性」を指し示しています。


(不自然9)
「引用C」に、「入所者九人を少しでも高い所に上げようと、それぞれの個室のベッドに誘導」とあります。

ところが、「ベッドが、少しでも高いところ」とは思えません。

下記の「図1、および引用E」を見て下さい。

「楽ん楽ん」の間取りと遺体発見状況

(図1)「楽ん楽ん」の間取りと遺体発見状況
出典『東京新聞 平成28年(2016年)9月2日朝刊』


(引用E)「9月2日・朝刊」を引用します。
---------------------------------------------------------------------------------
一日、ホーム内は床が泥だらけでぬかるみ、大テーブルや椅子が一部ひっくり返って散乱。
---------------------------------------------------------------------------------
(引用E、以上)

※ 「一日」とは、9月1日のこと、つまり、洪水が起きた翌日です。

「図1」の中央に「食事用テーブル」があります。
これが、どのようなテーブルか、この図だけでは分かりません。

一方、「引用E」に「大テーブルや椅子が一部ひっくり返って散乱」とあります。

「一部ひっくり返って」とあるので、椅子は複数存在していると解釈できます。
「図1」を見ると、複数の椅子があるとすれば、「食事用テーブル」用の可能性が強いと解釈できます。

この椅子が、「食事用テーブル」用ならば、このテーブルは、座卓などではなく、椅子に腰掛けて使う「ありふれたテーブル」と言えます。

もしそうであれば、この「食事用テーブル」の高さは、おそらく60~70センチ程度あると思います。

一方、ベッドの高さは、人が腰掛けて、足が床に届く程度の高さだと思います。
そうすると、高さは40センチ程度ではないかと思います。

もし以上の推測が正しいならば、「引用C」で、「入所者九人を少しでも高い所に上げようと、それぞれの個室のベッドに誘導」するのは、明らかに「不自然」です。

誘導先は、ベッドではなく、「食事用テーブル」にするべきです。

通常ならば、テーブルの上に人を乗せるのは、かえって不自然とも言えます。
しかし、この時は、「非常時」です。
「緊急時」です。

1センチでも高いところへ乗せるのが当然です。

テーブルよりも、はるかに低いであろうベッドを選ぶのは、明らかに「矛盾」しています。

しかも、わざわざ「それぞれの個室(のベッド)に誘導」しています。

緊急時に、複数で避難する場合、避難先の場所で、「各人を、ばらばらに分散させる」のではなく、出来るだけ「ひとまとめにする」のが当然です。

各人が個室にばらばらに避難すれば、所長から見て、全員に対して、一度に目が届かなくなります。
一カ所にまとまっていれば、一度に全員を把握出来ます。

避難する側にとっても、一人一人が孤立していたら、「間違いなく不安」になります。
全員が、一つにまとまっていれば、「はるかに心強い」のは言うまでもありません。

「それぞれの個室のベッドに誘導」は、明らかに「不自然」です。

本当は、「誘導していなかった」可能性が強いと言えます。
所長が、「初めから不在の可能性」を示唆(しさ)しています。

なお、「食事用テーブル」に全員が乗れるとは限りません。
残りは、すぐ隣の「キッチン」に乗せる方法もあります。

「非常時」なので、強引なやり方も仕方ありません。

また、「食事用テーブル」では、水流に押し流されると思って、それより大きいベッドを選んだとも考えられます。

それならば、「重しのために」、一つのベッドに、出来るだけ多数を乗せるのが当然です。
一人づつ、分散させるのは、かえって矛盾します。

前述のように、「楽ん楽ん」の建物内に避難させたのが、そもそもの間違いです。
したがって、すべてが、所長の「ウソ話」と思えてなりません。


(引用F)「9月3日・朝刊」を引用します。
---------------------------------------------------------------------------------
しばらくして、男性が不安を訴え部屋から出てきた。

「ここにつかまって」。

床から四十五センチほどの畳敷きの小上がりに一緒に上がり、柱につかまった。
---------------------------------------------------------------------------------
(引用F、以上)

※ これは、「引用C」のすぐ後に、引き続く文章です。


(不自然10)
入所者全員を、各自の個室に誘導した後に、この男性が部屋から出てきたわけです。

ここでも、前述の「食事用テーブル」に乗せるのではなく、それよりは高さが低いと思える、「畳敷きの小上がり」に乗せています。

「図2」を見て下さい。

所長が入所者を助けようとした様子

(図2)所長が入所者を助けようとした様子
出典『東京新聞 平成28年(2016年)9月3日朝刊』


「畳敷きの小上がり」は、約45センチとなっています。
前述したように、ベッドの高さとあまり変わらないはずです。

それよりも、「食事用テーブル」の方が、まだ高いはずです。

この時点では、所長も含め、誰も、水かさがいくらになるか、分かっていないはずです。

したがって、「食事用テーブル」に乗せるよりも、「柱のある、小上がりの方が良い」と、誰も判断できるはずがないと、思えてなりません。

換言すれば、柱の有無よりも、少しでも高いところへ乗せようとするのが「自然な判断」ではないかと、思えてなりません。


(引用G)「9月3日・朝刊」を引用します。
---------------------------------------------------------------------------------
数分後、ドーンと大きな音と同時に玄関ドアが割れ、濁流が一気に流れ込んだ。

水は、あっという間に二人の胸の高さを超えた。

所長は男性の両腕を柱に回し、自分は左手で柱を抱え、右手は男性の口が水に漬からないよう顎を支え続けた。

壁に片足を伸ばして自分も流されないようにこらえた。

「頑張って」。

暗闇の中、水流と闘いながら励まし続けたが、腕の中の男性は徐々に弱っていく。

いつしか呼び掛けにも答えなくなった。
---------------------------------------------------------------------------------
(引用G、以上)

※ これは、「引用F」のすぐ後に、引き続く文章です。

所長の、「この証言」も、いろいろ「不自然」です。


(不自然11)
「水は、あっという間に二人の胸の高さを超えた」とあります。

ところが、最終的に「いくらの水かさになったのか」、具体的な発言がまったくありません。

二人とも、完全に頭の上まで「水没した」のか、それとも、多少なりとも「顔が水面上に出ていたのか」、これが一番大事です。

水没により、「呼吸が出来なくなった」のか、それとも、「何とか呼吸が出来ていた」のか、これが一番大事です。

その一番肝心のことを、所長は、「何も語っていません」。

明らかに「不自然」です。

ただし、男性については、呼吸できなくなった、という意味の発言をしています。
しかし、これも「不自然」です。
これについては、後述します。


(不自然12)

女性である所長が助かったにもかかわらず、男性が「何で亡くなってしまったのか」、これも「不自然」です。

「所長が助かった」ということは、所長は、最後まで呼吸できていたはずです。

一方、男性が死亡したということは、呼吸できなくなったということです。

同じ場所で、同じ水に「水没」しているのです。
水面の高さは、事実上まったく同じはずです。

にもかかわらず、一方は亡くなり、一方は助かり、おそらく元気で「ピンピン」していると思います。

両者の差が、「あまりにも大き過ぎ」ます。

この記事を見る限り、両者の身長は、何も言及していません。
男性が、特に身長が低いとは書いていません。
所長が、特に身長が高いとも書いていません。

それどころか、「図2」を見ると、両者の身長は、同じです。
もちろんこの図は、概略図であり、正確な身長を表現してはいないと思います。

しかし、もし仮に、両者に大きな身長差があり、それが「生死を分けた」のであれば、記事中で述べるはずで、この図でもそれを描くであろうと、容易に想像できます。

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以下、長文のため、第2回目に続きます。

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